「雲の坊や」
さっぽろ市民文芸掲載作品
村松 麻衣子 作
空に雲がひとつ浮かんでいた。小さくて、まっ白な雲の坊やだった・・・・・・。
「今日も静かだなぁ。周りに誰もいないし、広い空が全部、僕のお家になったみたい。」
雲の坊やは、そう言って、くすくす笑った。と、その時、向こうの方でかすかに風の音が聞こえた。
「あっ北風さんだ!」
そう思って、ふり向いた時には、北風は、もう雲の坊やの目の前にいた。
「よぉ、雲のおちびちゃん。元気かい?」
北風のあいさつに雲の坊やは、むっとした。
「僕、おちびちゃんじゃないよ。」
「ハハハ、こりゃあ失礼。それにしても今日も一人ぼっちみたいだな。」
雲の坊やは、うなずいた。
「うん・・・・・・。お父さんもお母さんも朝早くに仕事に行っちゃったんだ。今日は、少し遠くの町まで行って、雨を降らせなきゃいけないから、帰りは遅くなるって言ってたよ。」
「そうか。お前もさみしいだろうなぁ。」
北風は、少し気の毒そうに言った。でも、雲の坊やは、首を振った。
「僕、本当は、ここに一人でいるの好きなんだ。だって、こんなに静かだと、時々、下の方に住んでいる人達の話し声や笑い声が聞こえてくるんだよ。それを聞いていたら、僕も楽しくなってくるんだ!」
北風は、首をかしげた。
「へぇ。人間達の話って、そんなに楽しいのか?今まで気にもとめた事なかったな。
まぁ俺は、そんなヒマないけどなっ。今日も、ちょいといそがしいんだ。じゃあまたな、雲のおちび・・・・・・じゃない。雲のお兄さんっ。」
「うん。北風さんもお仕事がんばってね。」
雲の坊やがそう言ったのと同時に北風は、ものすごいスピードで走り去って行った。」
次の日、雲の坊やが目を覚ました時には、お父さんとお母さんは、いなかった。
「もう仕事に行っちゃったのか。昨日だってあんなに遅くに帰って来たのに・・・・・・。」
昨日の夜、雲の坊やがうとうとし始めた頃、お父さんとお母さんは、やっと帰って来た。
「今日もいそがしかったわねぇ。」
「ああ。でも明日も大変だぞ。隣の村が水不足で困ってるみたいだから、さっそく行って、ひと雨降らせてこないとな。」
そんな会話を雲の坊やは、眠たい目をこすりながら聞いていた・・・・・・。
その日の午後、雲の坊やは、散歩に出かけた。ふわふわと風に体をまかせて、進んで行くのは、とても気持ちが良かった。だけど、しばらく行くと
「あれっ?」
今まで明るかったのに、急に辺りがうす暗くなった。
「どうして、ここだけ天気が悪いのかな?」
その時、下の方から、小さな泣き声が聞こえてきた。雲の坊やは、じっと耳をすませた。
「チューリップが咲かないよぉ。かわいい、お花が見たくて、がんばって植えたのに、咲かないうちに枯れちゃうよぉ。」
そう言って泣いている女の子の声が、公園のそばの赤い屋根の家から聞こえた。すると、今度は、大人の女の人の声もした。
「仕方ないわよ真美ちゃん。こんなに天気の良くない日が続いているんだもの。お母さんがお店で新しいチューリップ買ってきてあげるから。」
「やだ!自分で育てたチューリップじゃなきゃ。それにまだ、つぼみは、残っているもん。」
雲の坊やは、女の子がかわいそうになった。
「あの子のチューリップ、元気にしてあげたいな・・・・・・。」
その夜、雲の坊やは、さっそく、お父さんとお母さんに相談した。
「あの子、きっと花が咲くのを楽しみにしてたんだよ。全部、枯れちゃったらかわいそうだよ。」
だけどお父さんもお母さんも困った様に言った。
「坊やの気持ちは、わかるわ。でも・・・・・・私達には、どうする事もできないのよ・・・・・・。」
「そうだなぁ。父さん達は、雨や雪を降らせる事しかできないからな。チューリップに必要なのは、温かい太陽の光なんだよ。」
「太陽の光?それじゃあ、太陽さんにお願いすればいいんだね!」
雲の坊やはうれしそうに言った。すると、お父さんは、首をひねった。
「うーん。それはそうなんだが・・・・・・太陽さんは、ちょっと気難しい性格だからなぁ。」
でも、雲の坊やは、「あの女の子のチューリップが元気になる。」という喜びで頭がいっぱいで、お父さんの言葉は、耳に入っていなかった・・・・・・。
次の日は、曇りだった。お父さん達が仕事に出かけると、雲の坊やは大いそぎで太陽の所へ飛んでいった。坊やが着いた時、太陽は、ふわふわの大きな雲の陰で、まだ寝ていた。
「太陽のおじさん、おきてよ。僕だよ。ねぇおきてってばぁ。」
すると太陽は、めんどうくさそうに目を開いて雲の坊やをじろりとにらんだ。
「何だ。雲の坊主じゃないか。悪いが俺は、まだ眠いんだ。用があるなら後にしてくれ。」
そう言ってまた、目を閉じようとした。雲の坊やは、あわてて言った。
「ちょっと待って!僕、太陽さんにお願いがあるんだ。ねぇ、聞いてよ。」
「うるさい奴だなぁ。じゃあ、さっさと話して、とっとと帰れ!」
雲の坊やは、少し怖くなったけど、勇気を出して言った。
「ずっと天気が悪い町があって、そこに住んでいる女の子が植えたチューリップが枯れちゃいそうなんだ。だから、太陽さんがいっぱい光を照らしてあげてほしいんだ。」
それを聞いた太陽は「ふんっ。」と鼻をならした。
「チューリップが枯れようが枯れまいが俺には関係ない事さ。お前、そんな事でわざわざ、ここまで来たのか。さぁ用がすんだなら帰れっ!」
「だって、その子、一生懸命、植えたんだよ。それなのに一本も咲かなかったら、かわいそうだよ。ねぇ、お願いだよぉ。」
とうとう太陽は、どなり声を上げた。
「うるさいっ。俺は、もう人間達の事なんてどうでもいいんだ。」
雲の坊やもがんばった。
「そんな勝手な事言わないでよ。」
「勝手なのは、どっちだ。人間達の方じゃないか!いいか、冬に俺が仕事を休んでいると、あいつらは「寒い。」「夏が待ちどおしい。」とさわぐ。それで夏が来ると、俺は、はりきって仕事を始める。するとどうだ、今度は「暑い、暑い。」「日光に当たりすぎると体に悪い。」などと言って、クーラーのきいた家の中に逃げていく。結局俺は、仕事を休んでも、がんばっても文句を言われる。だから決めたんだ。これからは、夏も冬も関係なく休みたい時に休んで、働きたい時に働くってな。人間なんて、 お前が思っている程、優しいわけでも思いやりがあるわけでもないんだ。わかったら、さっさと帰れっ。」
雲の坊やは、もう何も言えなかった。しょんぼりと太陽の所を後にした。
その日、一日中、雲の坊やは、悲しい気持ちだった。夕方になって、そして夜になってお父さん達の帰りを待つ間も、ため息をついてぼんやりと空を見ていた。と、少し上の方で優しい声がした。
「どうしたの?元気がないわねぇ。」
見ると、きれいな月が輝いていた。
「月のおばあちゃん・・・・・・。」
雲の坊やは、女の子のチューリップの事も太陽に言われた事も全部、月に話した。
「ねぇ月のおばあちゃん、どうして太陽さんは、あんなに人間の事を嫌っているの?」
月は静かに答えた。
「そうねぇ。太陽さんは、昔から、がんこな所があるから・・・・・・。でも、太陽さんの言う事もわかるわ。仕事をしても、しなくても文句を言われてたら嫌になってしまうものね。」
それを聞いた雲の坊やは、不思議そうに、たずねた。
「それじゃあ、月のおばあちゃんは、毎晩、仕事をして嫌になったりしないの?」
すると、月はにっこりと、ほほえんだ。
「私は、どちらかと言えば、みんなに喜んでもらえる方だからね・・・・・・。」
翌朝、どんよりと曇った空からは、今にも雨が降り出しそうだった。
「どうしよう。雨が降ったら、あの子のチューリップ枯れちゃうだろうな。」
雲の坊やは、心配になって、女の子の家の方に飛んでいった。すると、今日は、小さな歌声が聞こえてきた。
「てるてる坊主、てる坊主。あーした天気にしておくれー。」
「ねぇ真美ちゃん、その花は、もうあきらめて、新しい花を買いに行きましょう。」
「行かない!私の作ったてるてる坊主が明日は、晴れにしてくれるもん。そしたら、この花だって元気になるもんっ。」
「てるてる坊主、てる坊主。あーした天気にしておくれ・・・・・・。」
半分、涙声になった女の子の歌を聞きながら雲の坊やは、しばらく、だまっていた。けれど、やがて決心した。
「もう一度だけ、太陽さんにお願いしてみよう。」
のんびりと昼寝を楽しんでいた太陽は、雲の坊やの姿を見つけると、怖い顔をした。
「また来たのか。俺は、お前の頼みなんて、きいてやらないぞ。」
「太陽さん、僕の話、少しだけ聞いてよ。太陽さんは、人間はみんなわがままで自分勝手だって思ってるかもしれないけど、それは、ちがうよ。みんなが自分勝手なわけじゃない。だって、チューリップの花をあんなに大切にして、てるてる坊主まで作って歌を唄っている子がいるんだよ。あーした天気にしておくれって。」
雲の坊やの言葉をだまって聞いていた太陽はぽつりと言った。
「それなら、自分達で何とかすればいいじゃないか。人間は、俺達より、ずっと頭がいいし、たくさんの事を知っている。だから、俺達なんかいなくたって・・・・・・。」
「ちがうよ!」
雲の坊やは、大きな声で言った。
「人は、太陽さん達がいないと、生きていけないよ。どんなに頭が良くても、いろいろな事を知っていても、太陽さんやみんなの力を借りなきゃ生きていく事もできないんだよ。だから、もう少しみんなに力を貸してあげてよ。」
太陽は、何も言わなかった・・・・・・。
その日、空は、ずっとうす暗かったけど、雨は、降らずにすんだ。でも、雲の坊やは、不安だった。
「明日も天気が悪かったら、チューリップ枯れちゃうかもしれない・・・・・・。そしたら、あの子、泣いちゃうだろうな。」
その夜、雲の坊やは、なかなか眠れなかった。
次の朝、恐る恐る目を開けた雲の坊やは、
「わーい。」
と思わずバンザイしてしまった。まっ青な空に太陽の光がキラキラ輝いていた。雲の坊やは、あんまりうれしくて、隣で寝ている、お父さんとお母さんをおこした。
「ねぇ見て。すごくいい天気だよ!」
すると、お父さんもお母さんもまぶしそうな顔をして目を開けた。
「あぁー。本当に今日は、いい天気だなぁ。」
「こんなに気持ちのいい朝は、久しぶりね。良かったわね、坊や。」
「うん。あっそうだ。僕、ちょっと女の子の家を見てくるね。」
そう言って雲の坊やは、元気に飛んでいった。
女の子、窓から外をながめて、大喜びだった。
「ママ、こんなに天気が良かったら、このチューリップもきっと元気になるよ
ね。」
「そうね。てるてる坊主が真美ちゃんの願いをかなえてくれたのね。」
それを聞いた女の子は、てるてる坊主を見てうれしそうに言った。
「ありがとう。」
そして、今度は、空を見上げて言った。
「ありがとう。」
雲の坊やは、自分に言われた様な気がして、照れくさくなった。
帰り道、雲の坊やは、太陽の所に寄った。空の真ん中で、たくさんの光を照らしている太陽に向かって、雲の坊やは、大きな声で言った。
「太陽さん、ありがとう!」
すると、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「別にお前のためにやったわけじゃないぞ。ただ・・・・・・お前の言葉を聞いてたら、だんだん人間がかわいそうに思えてきた。たくさんの力や知識を持っているのに、一人だけでは、生きていく事ができない。だから、俺がもう少し力を貸してやろうと思っただけだ。」
「女の子、すごく喜んでいたよ。僕達の方を見て、ありがとうって言ってくれたよ。」
「そうか。」
太陽は、少しうれしそうにつぶやいた・・・・・・。
夕方、雲の坊やは、月にも今日の話をした。うれしそうな雲の坊やの話を月は、にこにこしながら聞いていた。
「雲の坊やの優しい気持ちが太陽さんに伝わったのね。これからも太陽さんが元気に、お仕事してくれるといいわね。」
「うん。あぁあ、僕も早く雨や雪を降らせて、困っている人達を助けてあげられる様になりたいな。」
雲の坊やの言葉に月は、優しくほほ笑んで言った。
「大丈夫。坊やもすぐに大きくなるわ。そしたら、太陽さんがはりきり過ぎて困った時に、雨を降らせてあげるのよ。あっ、でも、太陽さんに気付かれない様に、そっと降らせなきゃだめよ。」
「そうだね。じゃないと太陽さんがまた気を悪くしちゃうもんね。」
月と雲の坊やは、顔を見合わせて笑った。雲の坊やは、月がくれた優しい光の中で、かわいく咲いたチューリップを思い浮かべた。