「たんぽぽの花束」

札幌市中学校文化連盟「にれ」第四十号 掲載作品

村松 麻衣子 作

 みなさん、「花」と聞いたら、最初に何の花を思い浮かべますか。私は、たんぽぽです。私のたんぽぽ好きは、ある男の子に、出会った時から始まりました。そうだ、今日は、その男の子の話をみなさんに聞いてもらいましょう。おっと失礼。その前に、自己紹介をしなければ。私は、町外れのこの古びたレンガ造りの建物で数十年前から、花を売っている・・・。そうですねぇ、一人の老人とでも言っておきましょうか・・・ 。
 その日、私は、いつものように、お気に入りの木の椅子に、こしかけて店の窓から、ぼんやりと外の景色をながめていました。外はうす暗くなり、もうじき日も沈みそうでした。
 「今日のお客は二人か・・・。」
 私は、そろそろ店を閉める準備をしようと思い、立ち上がりました。花屋といってもこのちっぽけな店に、やって来るお客はほとんど顔見知りの人ばかり。この日は、3番通りの奥さんが友達の誕生日のプレゼントにと、バラの花束を買っていき、2番通りパン屋のおかみさんが自分の店に飾るためのマーガレットを何本か買っていきました。私は、そんな店に来た人達と
 「今日は、天気が良くて気持ちがいいね。」
とか
 「花束のリボンは、何色がいいかね?」
 などと、おしゃべりしながら、のんびりと、仕事をしていました。そういう、たわいのない話が私にとっては、毎日の楽しみの一つでした。と、その時、ドアが開いて、店に一人の男の子がかけこんで来ました。よっぽど急いでやって来たのでしょう。大きく息をはずませていました。
 「はぁはぁ・・・。良かった間に合った・・・。」
 その男の子は、そう言って、店の中をキョロキョロと見わたしました。「見なれない子だな。どこの子だろう?」私は、そう思いながら、声をかけました。
 「いらっしゃい。ずいぶん急いで来たようだけど、君どこから来たんだい?」
 「ここのとなり町だよ。」
 「へぇ。そんな遠い所から、わざわざ、ここまで来たのかい。」
 私は、少しびっくりして、たずねました。
 「うん。だって、僕の住んでいる町の花屋さんには、ぼくの探している花が売ってないんだもん。」
 「そうか。でも・・・。そこの店にないなら、私の店にもないかもしれないなぁ。君は、何の花がほしいんだい?」
 すると、男の子は、こう言いました。
 「ぼくの友達にあげる花!ねぇおじさん、ここには、あるよね。あの子にぴったりの花。」
 私は、ちょっとこまってしまいました。
 「うーん。急に言われてもなぁ。なんせ私は、その子がどんな子なのか全然知らないし、顔も見た事ない。せめて写真でもあればいいんだが・・・。」
 私の言葉を聞いた男の子は、
 「写真?わかった。ぼく今から、家に戻って取ってくる。」そう言って店をとび出そうとしました。それは見て私は、あわててひきとめました。
 「ちょ、ちょっと待った。今からじゃ外は、まっ暗になってしまうよ。そんな時間になったら、家の人が心配するだろう。明日、写真を持って、またおいで。」
 「う、うん。わかった・・・。」
 男の子は、残念そうにして帰っていきました。その後ろ姿を見ながら、私は「あの子の探している花が私の店にあればいいんだが。」と不安でした。でも、久々の小さなお客に少し、わくわくしたりもしていました。
 次の日、朝一番にやって来た男の子は、私に写真をさし出しました。
 「ほら、この女の子。ぼくの家のとなりに住んでいるんだよ。」
 写真には、野原の真ん中で、にっこりほほえんでいる・・・。そう、男の子と同じくらいの歳の女の子が写っていました。
 「なかなかかわいい子じゃないか。」
 私の言葉に男の子は、にっこりして言いました。
 「ぼく、この子と小さな時から、ずっーと仲良しなんだ。いつも一緒に遊んでいるんだ。でも・・・。」
 そこまで言って男の子は、急に悲しそうな顔になりました。
 「この子ね、もうすぐ引っ越しちゃうんだ。遠くの町に・・・。」
 「えっ、そうなのかい。残念だなぁ。」
 私は、男の子をかわいそうに思い、何とか、はげまそうとしました。
 「でも、君には、この女の子との楽しい思い出がたくさんあるんだろ?それをずっと大切にしていれば、きっとまた会えるさ。」
 「うん。ぼくは、さみしいけど平気だよ。だけどね、こまった事があるんだ。」
 「こまった事?」
 「この子、どうしても、引っ越すのが嫌だって言って、ずっと部屋にとじこもっているんだ。みんなどんなに言っても、出てきてくれないんだよ。ぼくが言っても、全然聞いてくれないし・・・。」
 「それは、大変だなぁ。でも、何でそんなに引っ越すのを嫌がってるんだい?」
  「それが、理由を聞いても、どうしても、話してくれないんだ。だけど、ぼく気づいたんだ。新しい家には、庭がないからだよ。」
 「庭?」
 「うん。この女の子の家には、広い庭があって、きれいな花がたくさん咲いているんだ。この子、花の世話をするのが大好きなんだ。でも、新しい家には、庭がないし、近くに野原や公園もないんだって前に話していたんだ。それで、引っ越すのを嫌がっているんだと思うんだ。だから、ぼく、この子が大好きなお花をプレゼントしてあげたいんだ。でも、どの花をあげればいいのかわからなくて。」
 私は、男の子の優しい気持ちに感動しました。そして、何としても、探している花を見つけてあげたい。そう思いました。
 「よし。そういう事なら、私に任せておくれ。きっと、ぴったりの花を見つけてあげるよ。だけど、少し時間がほしいな・・・。悪いが明日また来てくれるかい?」
 それを聞いた男の子は、うれしそうに言いました。
 「ありがとう!ぼく、楽しみにしているね。明日の朝、すぐに取りに来るよ。」
  私は、男の子を見送ってから、店に戻りました。
 「やれやれ、こりゃあいそがしくなるぞ。」
 のんびりしているヒマは、ありません。私は、さっそく「女の子のぴったりの花」を探し始めました。探すと言っても、私の店にある花は、誰でも知っている花ばかりです。私は、店に置いてある花を一本ずつ手に取り、写真と見くらべ始めました。それが一番、確かな方法だと思ったからです。右手に花、左手に写真を持って、
 「これかな?いいやちがう。」
 「うーん。これもちょっと。」
 などど一人でブツブツ言っている私の姿を見た人は、きっと変な光景だと思ったでしょう。さて、そうこうしているうちに一時間、二時間と時間は、過ぎていきました。私は、時計をながめて、途方にくれていました。なぜなら、私は、店にある花を全部調べつくしてしまったのです。でも、写真の女の子にぴったりの花は、みつからなかったのです。チューリップ、バラ、スイセンにカーネーション、ユリ、「これだ!」という花がどうしてもないのです。私は、さっきの男の子の笑顔を思い出してため息をつきました。
 「あの子、見つからなかったなんて言ったら、がっかりするんだろうな。あぁ、どうすればいいんだ。」
 私は、こまり果てて、もう一度写真を見つめました。その時です。
 「そうだ!これだ。」
 私は、見つけたのです。写真の中で、にっこり笑っている女の子、そして、女の子の立っている野原の緑のじゅうたんに、まるで水玉模様のように咲いている、小さな小さな黄色い花。そう、たんぽぽを・・。
 「どうして今まで気が付かなかったんだろう。」
 私は、店をとび出して近くの公園に向かって走りました。そこにはたくさんのたんぽぽが風に吹かれて咲いていました。 
 「たんぽぽ、そうこれだったんだ。あの女の子にぴったりの花!」
 私は、さっそく、たんぽぽの花を両手にいっぱい摘んで店に戻りました。そして、赤いリボンを結びました。テーブルに置かれた、大きな、たんぽぽの花束は、店にあるどの花よりも、きれいに見えました。
 よく朝、元気にやって来た男の子に私は、さっそく、たんぽぽの花束を渡しました。
 「はい。君の注文の花。どうだい?私は、この花が一番だと思うんだが・・・。」
 たんぽぽを受け取った男の子は、目を丸くして叫びました。
 「わぁたんぽぽ。そうだ、そういえば、ぼく達よく野原で、たんぽぽの花をたくさん摘んで遊んだんだ!あの子、たんぽぽが大好きだったんだ。すごいよ、おじさん、よくわかったね。」
 私は、男の子の喜び様にすっかりうれしくなって言いました。 「あぁ。写真の中にたんぽぽを見つけた時、不思議とこれしかないって思ったんだ。
 気が付いたら、夢中でたんぽぽを摘んでいた。その時、私にも、どうしてたんぽぽなのかわからなかった。でも、後でじっくり考えてわかった。君は、石の割れ目に咲いたたんぽぽを見た事あるかい?」
 「石の割れ目?」
 「そう。たんぽぽは、少しの土さえあれば、石の割れ目にだって咲く事ができる。しっかりと土に根をはって、雨がふっても、冷たい風に吹かれても、太陽の光を夢見て楽 しそうに咲いている。私は女の子にも、このたんぽぽのように新しい場所でも、しっ かりがんばってほしいと思うんだ。君の気持ちも同じだろう?」
 「うん。ぼく、あの子にいってあげるよ。このたんぽぽを思い出してがんばってねって。ぼくも、がんばるからって。」
 「あぁ。きっと君の気持ちが伝わって元気を出してくれるだろう。さぁ、さっそく女 の子の所へ行っておやり。」
 「うん!あっそうだ。お金・・・。」
 そう言ってサイフを取り出した男の子に私は、首を振りました。
 「君の優しい気持ちで十分だよ。私は、お金なんかより、ずっと大切な物をもらったよ。」
 「ありがとう。おじさん。ぼく、この店の事も、おじさんの事も絶対、忘れない
よ。」
 そう言って男の子は、店を後にしました。大きなたんぽぽの花束を抱えて、力いっぱ い走っていく男の子の後ろ姿を見ながら、私の心は、とても満足でした。
 さて、私の話はここまでです。私は、後になって、男の子の名前も聞いていなかっ た事に気が付きました。あれ以来、あの男の子には、一度も会っていません。せめて 名前と住んでいる所くらい聞いておけばと、ちょっと後悔しています。 でも、きっとあの男の子も女の子も元気に過ごしているでしょう。みなさんもぜひ、 自分にぴったりの花を探してみて下さい。苦しい時や悲しい時、きっと、その花が元気をくれるでしょう・・・。